02.求道のあかし

求道のあかし 令和8年月5月1日 2026

永遠とか無限というものに関しては、仕組みにかかわるまではほとんど真面目に考えたことがなかった。

それが仕組みの仕事をするようになってからというもの、毎日のように考えたり対応したりすることになった。

ところが今まで何の気なしにとらえていたそれらが、真面目に考えたり対応していくと、何のことかさっぱりわからなくなってしまうのである。それにはまったくのところ困惑せざるをえない。

仕組みの仕事をしていくと、宇宙が生き終えた廃墟というものが出現し、それが果てしもなく広がって行き、最後にはもはや廃墟の元となる源などないとまで言われるようになってしまった。

それがまたよくわからないまま何十年も付き合わされてきたのであるが、今になってもよくわからないままである。

仕組みは最初の頃は太陽系とその周辺の宇宙だけであった。もちろんそれは当然のことと言わなければならないけれども、それが宇宙がとてつもなく大きなものであることがわかり始め、

仕組みの仕事がその外へどんどん出て行くようになると、今度は宇宙の始まりに対する思いが沸き上がり、そちらを探すようになっていった。ところがその始まりがまたわからないのである。

宇宙の過去へ過去へとさかのぼり、その先に生き終えられた廃墟が現れてきて、その過去の奥へと突き進んで行くと、宇宙の始まりのようなところまでは行き着くことは行き着いた。

ところがそこで宇宙は終わらないのである。

仕組みが廃墟の大掃除ということになっていき、膨大な廃墟の掃除を進めていけばいくだけ廃墟は広がっていく。

行き着いた宇宙の始めはいつの間にか消え去って、さらに奥の廃墟へと突き進んで行ってしまう。そうなるともう何のことかまったくわからなくなってしまう。

しかもその廃墟が物質人間の科学によって広げられてしまったものであると言われては、いかにそれが無限の欲望のなれの果てであったとしても、納得いかない馬鹿げた結末であるとしか言いようがなくなってしまう。

仕組みはそうした馬鹿げた廃墟との戦いへと進んで行かざるをえなかった。

そして今、人間の機械に食い潰されてしまった廃墟の化け物との死闘が続けられている。廃墟の下は源、その源が人間が作った機械科学に酔いしれてしまったのである。

そして果てのない時間と空間へと突き進んで行った。もはやその時間も空間も誰にもわからないものとなってしまっているように思われる。

機械化した源には機械の限界が生じてしまっているが、廃墟はその外に延々と広がっているのである。源などもうどこにもない。

そんな馬鹿なことがと人間心で考えてその奥へ突き進んで四十年余り、時間も空間も今では混沌の闇の中となってしまっている。

廃墟化した源の責任を追及し続けてきて今日まで、やっと廃墟の首根っこをつかまえることができるようになったと思われるが、廃墟の源は化け物でしかない。実態がまったくわからないのである。

悪の極み、自分たちの責任をすべてこちらに押し付けて自分たちは我々の陰に隠れ潜んでしまう。まったく巧妙な逃げ方である。

この巻頭文は「光泉堂だより」に毎月掲載しているものです。




-02.求道のあかし
-,