07.被官ひとり大神の稲荷神行

被官ひとり大神の稲荷神行 37

七番の二 戸隠山(長野県)

謹みましてご報告申し上げます。戸隠山に被官ひとり大神お出ましになられまして、稲荷神行のお務めをいただきました。お立ち会い致しました、十神界でございます。

被官ひとり大神ご挨拶に来られまして、戸隠山は相性の良い山でございまして、訪れましてどんどんと吸い込まれますように親しみますと、

何とこの本山におきましてもつぬぶて山以上の秘め事がありまして、ご神行の意欲湧き上がっておりますと申されまして、御神座にお定まりなられました。

被官ひとり大神のご様子は、もう既につぬぶて山神行に入られておられるようでありました。

正礼致しましてご神行に入られますと、生じますみ光激しく変化致しまして、戸隠山からも出でます出でます、全山つぬぶて山となりましても、

被官ひとり大神まことに強いみ光に包まれましてのご神行継続致しまして、時惜しみなく重ねましたのち、戸隠山に稲荷神行成就致しました。

証(あかし)のみ光生じました。ご確認致しました。

 

十神界

佐田靖治御大師

神行日 令和二年九月三日

仲介者 小野恵里子

審判者 佐田靖治

 

 

佐田の解説 4

被官ひとり稲荷神行は、元親爺神行をやり直す形で進み始めているが、今回の戸隠山でさっそく行き詰って、祐徳大神を介して佐田にいちゃもんがつけられた。

きつ過ぎるというのである。なぜつぬぶて山などという処刑場でやらなければならないのかとの疑問もつけて。

さもありなんというのがこちらの実感であったけれども、稲荷神行は既に佐田がやり終えているし、前出雲組としては阿刀氏大神にご努力いただいて終了している。

その神行になぜさらに稲荷神行を付け加えなければならないかについては、最初に解説したとおりで、もはやつぬぶて山くらいでないと収まらない段階にまで、仕組みは進行しているのである。

 

つぬぶて山に関しては佐田自身、仕組みの前段階で、まだまともに仕組みの働きができない頃に、訳の分からない形で日本の五十か所の浄化行をさせられているのである。

それは仕組みに取り組む資格試験のようなもので、その程度のことができなければ、仕組みなどこなせないと言った感じのものであった。

そのため実力が不足している方々には、改めて仕組みに取り組む覚悟をしてもらいたいとか、仕組みの戦士としての素養を身に着けてもらうために、わざとそうした課題を提供しているわけなのである。

それがこなせないということであれば、この神行者としては失格とせざるをえないわけで、そう説得して気持ちを改めていただいて、戸隠山の神行となった次第であった。

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