関西の大和地域には、大和朝廷を守護するための結界が張られていた。
それは倭姫世紀(偽書扱い)に記されているが、叔母のトヨスキイリヒメとヤマトヒメ二代によって崇神天皇六年から八十九年間にわたって築かれたものである。
五十鈴とは五十の鈴であるが、拠点は二十九しかない。
にもかかわらず五十と言わなければならないのは、本来それは五十でなくてはならないからである。
それが二十九になった背景には、宇宙の奥に隠されている仕組みの謎がある。
大和朝廷にはスセリヒメ大神を立てるための仕組みの役目があった。その役目を果たそうとしたのがトヨスキイリヒメとヤマトヒメであった。
宇宙を貫く膨大な仕組みは、外宇宙にまで及ぶ膨大な過去から延々と繰り広げられているものである。それらの背景について簡単に解説しておかなくてはならない。
こういう始まりで令和の第二幕の新講座が展開するはずであった。ところが始まった途端につまずいてしまった。仕組みの展開が異常に速くなってきたからである。
すべてを埋め尽くしてしまおうとする女ヘドロが、男や子供などすべての廃液を混ぜ込んで、おびただしい量でこちらに押し寄せてきたのである。
いつものことだと思って様子を見ていたのであるが、今までのような切り替えがなされず、一気に上層レベルの無限へと拡大し始めたのであった。
そのため予定していた新講座の著述ができなくなってしまったばかりではなく、伊達政宗公による神行も中止せざるをえなくなってしまった。
時期尚早だったと言えばそれまでであるが、こちらの準備不足であったのかもしれない。
令和天皇の即位はとりあえずとどこおりなく終えられたが、その背景にはかなりの難題があることを見せつけられた感じであった。
伊勢の五十鈴神行から日本の五十鈴神行へと展開していく令和の仕組みは、トヨスキイリヒメの大倭姫と姪の倭姫のお二方によって順調に進行しているけれども、
そのあとに続く元宇宙の代表であるオオクニヌシ大神をバックアップするための、伊達政宗公による神行は時期尚早で、そこにこちらの勇み足があったのではないかと思われる。
再調整をしなくてはならなくなっている。
富士山の五合目の小御嶽神社には脇に新しいものが建てられていて、そこには最初はオオクニヌシ大神が祭られていた。
ところが今回行ってみるとそれがヤマトタケル大神に祭り代えられていた。令和に続く元宇宙の代表の予行演習が始められていたのである。
伊達政宗公はもうしばらく待っていただかなくてはならない。
ヤマトタケル大神のほうが先行しておられるし、そちらのほうがより正当なお立場を保っておられるからである。
大和の時代では、ヤマトタケル大神は仕組みの助っ人役でしかなかった。
大和朝廷を立てるための伊勢五十鈴神行だけでは、仕組みは成立していなかったことが、仕組みを継続しなくてはならなかったヤマトタケル大神の動きでわかってくる。
それは大和朝廷を確立するための働きではなく、仕組みを完成させるためのものだったのである。
この巻頭言は「光泉堂だより」に毎月掲載しているものです。